ワイン 百一話
シャトー・アンジェリュス(Part 1)
シャトー・アンジェルスのアンジェルスとは、「祈りの時刻を知らせる鐘」という意味のフランス語です。サン・テミリオンの一等地にあるそのシャトーの土壌は、石灰質の粘土質ロームと粘土質および砂質です。くわえて、畑全体が南に面していますので、最高の地の利であり、自然の条件に問題はありません。
しかし1970年代までは、「シャトー・アンジェリュスのワインは、若いときには果実味はあるが数年でピークが終わってしまう」と酷評されていました。 |
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訪問者を優しく迎えるコスモスの向こうに、広々としたぶどう畑が広がっている。 |
このシャトーに大きな変化が生じたのは、1980年に入ってからです。シャトーは有名な醸造家であるミシェル・ロランを、コンサルタントとして招きました。ロランは、ワインを100%樽で熟成させなさいと勧めます。
従来は発酵した後、そのまま発酵槽の中で熟成させていたのです。それをアルコール発酵が終わりしだい、ワインを樽に移してマロラクティック発酵をさせるようにとのアドバイスでした。
シャトーは彼のアドバイスを取り入れます。この柔軟性が酒質を変え、シャトーが生まれ変わるきっかけとなったのです。
その結果、1985年ではまだ格付けは従来のままでしたが、1996年には念願のサン・テミリオンの第一特別級(プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ)へと昇格しました。
そのシャトー・アンジェルスを訪問したのは、9月の最後の日でした。
シャトーに着いた私の目に、最初に飛び込んできたのは満開のコスモス。珍しくもなんでもない花なのですが、なぜかこのときは、コスモスの可憐さに心が惹かれました。フランスに五年もいたことがある私ですが、秋に(あっ、コスモス)とこれほど感動した記憶がありません。そして、今回の取材旅行でコスモスに気づいたのは、このときだけでした。
花壇がある正面入口側の壁面には、鈴をあしらったシャトーのマークが飾られていました。この入り口側には車寄せはあるのですが、総じてこじんまりとしています。ですが、コスモスから少し目を移すと、小さな凱旋門のような建物(写真)の向こうは、ぶどう畑のようでした。
約束の時間までにはいささかのゆとりがありましたので、好奇心に逆らえず、小さな凱旋門を通り抜けました。
なんと、そこにあるのは、広々とした、もうぶどう畑しか見えないくらいの素晴らしいパノラマでした。このシャトーを設計した人は、小さな花壇と、地平線でも見えそうなくらいに果てしなく続く、素晴らしい緑のパノラマとのギャップに「訪問者が驚くこと」を期待していたに違いありません。
葉の形からカベルネ・ソーヴィニヨンと分る畝には、まだ枯れていないぶどうの果実がいくつか落ちていて、収穫が終わって間のないことを物語っていました。
この日もとてもよい天気でした。