ワイン 百一話
シャトー・アンジェリュス(Part 2)
「分りますか、私たちが丁度真ん中にいるのですよ」と後ろから声がかかりました。
東京で一度出会った、このシャトーの責任者、JBグルニエ氏です。正面がシャトーなんとか、右がシャトーなんとかで、左がなんとかです、と説明してくれました。もちろんすべてが著名なシャトーです。 |
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セメント製の発酵槽もまだ現役である。 |
握手もそこそこに私が技術的な質問を始め、それが延々と続きましたので、よそのシャトー名を再確認し忘れたことに気づいたのは、ずっと後になったからでした。
醸造所に入ると、まるで醸造器械の陳列室のような錯覚に陥りました。
発酵槽は木製、セメント製(写真)、ステンレス製と全部揃っていました。ワイン博物館を見学しているような雰囲気です。
セメントでできている発酵槽と聞いて、驚かれた読者もおられるでしょう。実は私も、初めてセメント製の発酵槽を目の当たりにしたとき、とても不思議に思いました。
というのも、マンションの屋上からの雨漏りを思い出したからです。屋上はコンクリートだけではだめで、必ず防水加工が施されています。それでも雨漏りすることがあります。コンクリートが水を通すからです。
セメントすなわちコンクリート製の発酵槽にぶどう果汁を入れて、発酵させたりしたら、ワインが(屋上からの雨漏りのように)ジャジャ漏りになりませんか?大分前のことですが、ワイナリーで始めてセメント製の発酵槽を見たとき、わたしは率直にそう質問しました。
全く問題ないことを知りました。というのも、ぶどう果汁がアルコール発酵によってワインになるときには、大量の酒石を析出します。実は、発酵槽の中で厚い層をなして増えてゆく酒石は、かなづちで叩き壊して取り除かねばならないくらいの厄介者なのです。
ですから、素材がセメントであろうが、発酵という現象のために発酵槽の内面はまるで「琺瑯びき」のようにコーティングされ、水漏れなどするはずもないのでした。