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ワイン 百一話


シャトー・ラグランジュ (Part 1)

2010/02/03 PART 01 | 02| 03

 あるとき、《日本人はとんでもない事をする、わが国の文化を馬鹿にした》、とフランスのマスコミにひどく叩かれました。ですがその時、《しかし日本人は、それと同じ位よいこともした》と褒められました。

批判を受けたこととは、《ある日本人が古城を買い、城の中にあるアンティークの家具などを売り払った》ということです。そして、よいこととは、《日本の企業がボルドーの由緒あるシャトーを見事によみがえらせた》ということでした。それが、サントリーが経営するシャトー・ラグランジュです。
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とても丁寧に案内して下さった椎名さん


シャトーの歴史は古く、十七世紀初頭には王室砲兵隊長が所有していたという記載があるようです。また十八世紀のワイン地図にも、すでにラグランジュの名称が現在のシャトーのところに明記されています。十九世紀になると、後に内務大臣となったデュシャテル伯爵がこれを手に入れます。彼はシャトーの館や醸造所を、ボルドー屈指の規模のものとしました。また、それにくわえて、畑の土中に素焼きの土管を埋めて水はけをよくするという画期的な栽培技術をも開発しました。この伯爵の時代に、メドック格付けが行われたことは幸いでした。シャトー・ラグランジュはメドック3級に叙せられたのです。
ですが、1925年にシャトーを引き継いだセンドーヤ家は、1929年の大恐慌の煽りを受けて没落。シャトーは力を失い、所有していた畑は周辺から切り売りされました。
1983年12月、サントリーはシャトーの経営を引き継ぎます。フランス政府が欧米以外の企業に、シャトーの経営を認めた歴史的な出来事でした。
このような歴史を持つシャトー・ラグランジュは、是非とも訪問したいシャトーのひとつでした。その機会がついにやってきました。日程の都合で訪問日は日曜日になってしまいましたが、それにもかかわらず、副社長である椎名敬一さんが対応してくださいました。椎名さんはシャトーでの日本人のトップです。

 



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