ワイン 百一話
ヒポクラテスとワイン 3(Part 3)
2011/02/08 PART 01 | 02| 03| 04
約束の時間になるとシュミットが玄関に現れましたので、彼のルノーに乗っけてもらって、出発。行き先は医学部です。病院と医学部はくっついているのですが、学部に行くには車が必要です。
私が留学していたストラスブール大学の医学部付属病院は、南北五百メートル、東西およそ一キロの敷地の中に、ひとつの科がひとつの建物で構成されています。ですから、車を持っていない頃に、雪の日に、耳鼻科からは最も遠いところにある小児科から往診を頼まれたら、まあ、大変です。雪の中を延々と歩かねばなりません。
耳鼻科から医学部までもそうです。今日の学位授与式は、遥か彼方で行われるのです。
学位授与式は古い歴史につちかわれた、大層、重々しい雰囲気で行われました。私は、とても写真を撮るどころではありません。しかし、他に写真機を持っている人はいませんでした。
ガウンを纏った、学位審査員の教授三人を前にしたレッチェールが緊張した面持ちで、質問に答えていました。覚悟を決めて、写真をパシャ、パシャと撮っているうちに質問が終わり、教授たちが控え室に戻ります。
レッチェールが「写真を撮ってくれて有難う」と私をねぎらいます。ややあって、審査を終えた教授たちが戻り、「厳正な審査の結果、ドクトール・レッチェールの論文は医学博士の称号を与えるに相応しい内容との結論に達しました。おめでとう。」「御審査、有難うございました」とやり取りがありました。
見ていると、レッチェールにガウンが着せられ、台紙に張られた一枚の文章が渡されました。
右手を上げて、「なんとかイポクリット」といいました。ヒポクラテスをフランス語読みするとイポクリットなんですねぇ。さしもの、フランス語不自由人にもそのくらいは分かりました。
「私の先生の息子にただで医学を教えます」のところは、なぜかよく聞き取れました。
これで一安心、目出度い目出度い、などといいながら、三々五々、車で病院に戻ります。
病院に戻ってびっくり。なんと、広々とした耳鼻科の外来は、机がきれいに片付けられパーティ会場と化していました。
(当時の言葉そのままの表現で)小間使いの若い女の子や、厨房のおばさんたちが小奇麗に着替えていました。シャンパーニュがみんなに振るまわれます。いろいろな色の、実にきれいなカナッペがずらっと並んでいたことを、鮮明に覚えています。