ワイン 百一話
ジョゼフ・ドルーアン2(Part 2)
なにやら薄暗い時代物の建造物の中に入ると、タイプを打っていた秘書らしき女性が、ヘッド・ホーンを外しこちらを向いてくれました。
ヨーロッパでは、タイピストというか秘書なる仕事が昔からあり、テープレコーダに吹き込まれた内容を清書するのです。私がフランスの病院に留学していた40年前でも、つたないフランス語しか話せない日本人が、テープレレコーダに懸命に吹き込んだフランス語を、秘書の女性がさらに懸命に理解してくれた上で、タイプで清書して呉れたものです。 |
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ちょうど仕込みが完了した時期でした。まだ、後片付けの最中です。 |
自己紹介をするまでもなく、彼女は電話でどこかにかけると「彼は直ぐに来ます」といいました。
待合室というか、サロンはなんとなく暗く、電灯もあまり点いていません。人もおらず、静かです。中庭に面しているので、そこからの明かりで間に合わせているのでしょうか。あとから、分かったのですが、今年造ったワインの樽詰が一段落したので、「今週からしばらくお休みバージョン」だったそうです。わたしは人の休暇を邪魔してしまったわけでした。
「お〜お、来たか、来たか」と見るからにエネルギッシュな男性が部屋に入ってきました。今日の案内係も、醸造家でした。彼は、立て板に水で喋り続けるので、今回の取材旅行の初めにここを訪問したのならば、半分くらいしか理解できなかったかも知れません。
すでにどこを見た、どこへ行ったと訊かれましたので、ジョルジュ・デュブフにゆき、シャトー・ド・フュイッセの蔵をみて、ジュヴレイ・シャンベルタンでテイスティングをして、などなどと思い出しながら答えました。くわえて「今回の取材はブルゴーニュだけでして、他の地方には行きません。パリも通りません」ともいいました。
この台詞は、常に、大層有用でした。この言葉を聞いた人は、誰一人として文句はありません。そおか、そおかと言う具合でした。ここでも、同じ感想を持っていたようでした。
うん、それならば、私の得意な土壌の話をしようと相成りました。相変わらず、立て板なのですが、実に話し上手で、論理的な説明をしてくれました。
写真はキャンバスに摸造紙を団体でとめたものですが、これにマジックを駆使して絵を描き、文字を入れて行くのです。この場面は、コート・ド・ボーヌのポマールがどのような地理的な条件に恵まれているのでピノ・ノワールに適しているのか、という説明です。時間があれば、1日かけてじっくり話を聞きたいくらいでした。
「この石がピノ・ノワールにいいんだよ」と石灰岩を見せてくださいました。ぶどうを栽培する人は、土を口に入れて味わいを確かめることがあるといわれています。ちょっぴり舐めてみたい気持ちもしましたが、パスしました。